【考察】『少年のアビス』絶望の中で“生きのびる”こと

【考察】『少年のアビス』──心中の町で“生きのびる”ということ。美しき絶望が語るもの

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「あの町には、出口がなかった」
いや、出口はあったのかもしれない。けれど、それを選ぶには、あまりにも代償が大きすぎた。

峰浪りょう先生の『少年のアビス』は、読者にこう問いかける作品だ。
“死にたくなる町”と呼ばれた地方都市で、青春を捨てるようにして生きていた高校生・黒瀬令児。
彼が辿ったのは、逃れられない人間関係の地獄──だがその地獄は、あまりにも美しかった。


■ 登場人物は全員「檻の中」にいる

『少年のアビス』は、徹底して“逃げ場のない物語”だ。
主人公・令児は、認知症の祖母、引きこもりの兄、過干渉の母という三重苦の家庭環境に縛られ、生きること自体が“責務”になっている。彼にとって、**夢を見ることは“罪”**なのだ。

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一方、彼の心を奪う存在である青江ナギもまた、アイドル時代に燃え尽き、自死未遂を繰り返しながら、町のコンビニで“透明人間”のように生きている。

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注目すべきは、**この町の誰もが「生きている」というより「生き残っている」**点にある。
暴力的な幼なじみ・玄、教師の由里、令児を東京に誘うチャコでさえ、それぞれの方法で「檻の中」に囚われ、息を殺しているのだ。

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■ 心中の約束が象徴する“希望”という名の絶望

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この物語の象徴となるのが、ナギとの“心中の約束”だ。
ふつう「心中」は絶望の果ての選択だが、『少年のアビス』においてはそれがむしろ**「希望」**として描かれる。

ナギと令児は「この町から出よう」ではなく「この町で死のう」と誓い合う。
それが彼らにとっての唯一の自由意志なのだ。

この倒錯こそが、この物語の背骨であり毒であり、そして魅力である。


■ 美しい作画が“地獄”に説得力を持たせる

ここで特筆すべきは、峰浪りょうの描線の繊細さと、背景の静謐さだ。
殺伐とした人間模様を描くにもかかわらず、作画はどこか浮世離れしていて美しい。

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令児の虚無的な眼差し、ナギのどこか壊れた微笑み、由里の理性的な狂気──それらすべてが、水面のように静かで、不気味なまでに清らかなのだ。

このギャップが、『少年のアビス』に異様なリアリティを与えている。
まるで、町全体が水底に沈んだ世界のように思えてくる。


■ 「母親」の呪いと“支配”の連鎖

物語後半、最も衝撃的なのは、令児の母・黒瀬夕子の正体が明かされていくくだりだろう。
彼女もかつて、ナギと同じようにこの町から逃げようとしたが、結局それを果たせず、家庭という檻を自ら築いた。
そして今、彼女は令児を使って“自分の失敗”をやり直そうとする。

「あんたは私の全部なんだから。逃がさないよ。」

この言葉に代表されるように、親の愛が呪いに変わる瞬間があまりにも生々しく、読む者の胸を締めつける。


■ 結末に見る「出口」の意味

最終巻では、令児が“自分の人生”を取り戻すかのように、母と対峙し、チャコとも別れ、誰の庇護も依存も受けずに一人になる。
それはハッピーエンドとは言い難いし、すべての問題が解決されたわけでもない。

けれど──ようやく彼が、「自分の足で地面に立った」ことだけは確かだ。

死ではなく、“生”を選んだ。
依存ではなく、“孤独”を引き受けた。

そのラストは、静かな祈りのようでもあり、あまりに切なく、あまりに美しかった。


■ 総評:『少年のアビス』は、「絶望」を生きる物語だ

『少年のアビス』は、ただ“重い”だけの漫画ではない。
この作品が描こうとしているのは、閉塞の中で、どう生きるかという普遍的な問いだ。
それを、これほどの美しさで表現した漫画は稀有だろう。

絶望の町で、“生”を選ぶこと。
その勇気が、こんなにも美しく描かれたことが、ただただ奇跡のようだ。


[1-6]峰浪りょう、『少年のアビス』、集英社、ヤングジャンプコミックス

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まよまよ

新潟出身の漫画中毒めがね。コアでニッチな漫画が割と好き。猫と暮らす。

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