双極症のリアルとささやかな希望 『楽園をめざして』

「生きる」ということは、時に困難や痛みを伴います。
ふみふみこ先生の描く漫画『楽園をめざして』は、先生自身が患う双極症をテーマに、病気と向き合いながらも懸命に生きようとする主人公と、それを取り巻く家族にスポットライトを当てた唯一無二の作品です。
病気をテーマに執筆する難しさが計り知れない一方で、作品自体は読者の心に深く共鳴し、ささやかな希望の光を灯してくれる本作。当記事ではそんな『楽園をめざして』の魅力を深掘ります。
あらすじ:突然の別れと、共に生きる道
主人公は、お笑い芸人として生きていた弟を突然の事故で亡くした昇司(しょうじ)。葬儀の中で昇司は遺された妻である今日子(きょうこ)と、まだ幼い娘の結を支えることを決意し、共に暮らすことを決意試みます。
しかし、昇司は、双極症という心の病を抱え、気持ちの浮き沈みに翻弄される日々を送っています。活発な躁状態と、深く沈み込むような鬱状態を繰り返す中で、昇司は今日子と結を支えるべく奮闘しますが、症状が重い時には食事などの当たり前の生活もままなりません。一方で今日子も昇司の病状を把握し、持ちつ持たれつで支え合いの共同生活が展開されていきます。
血の繋がらない家族となった三人は、それぞれの過去の傷や、予期せぬ困難に直面しながらも、互いを支え合い、それぞれの「楽園」を模索していきます。
魅力1:双極症という現実を、ありのままに描く真摯さ
本作の大きな特徴の一つは、主人公である昇司が抱える双極性障害という病を、美化することなく、ありのままに描いている点です。躁状態における高揚感や衝動性、そして鬱状態における絶望感や無力感。その両極端な感情の波は、時に周囲を巻き込み、日常生活を送ることさえ困難にします。
ふみふみこ先生は、昇司の苦悩や葛藤を丁寧に描写することで、この病に対する読者の理解を深めます。同時に、当事者やその家族が抱える孤独や不安といった感情にも寄り添い、共感を呼び起こします。
魅力2:喪失感と、そこから生まれる新たな繋がり
弟の死という大きな喪失を経験した昇司と今日子。残された者たちの悲しみは深く、それぞれの心に癒えることのない傷跡を残します。しかし、共に生活を送る中で、彼らの間には徐々に新たな感情が芽生え始めます。
それは、亡き弟への想いを共有する共感であり、幼い結の存在がもたらす希望の光であり、そして、互いを支え合うことで生まれる温かい絆です。血の繋がりを超えた、不器用ながらも懸命に生きようとする三人の姿は、読者の心を優しく包み込みます。
魅力3:日常の中に潜む、小さな希望の瞬き
物語は、決して劇的な展開ばかりではありません。むしろ、日々の些細な出来事や、何気ない会話の中に、生きる喜びや希望の種が散りばめられています。
結の無邪気な笑顔、今日子のふとした優しさ、そして、気分の波に苦しみながらも前を向こうとする昇司の姿。それらの小さな瞬きが、読者の心にじんわりと染み渡り、「明日もまた生きていこう」というささやかな勇気を与えてくれます。
魅力4:ふみふみこ先生の繊細で温かい筆致
ふみふみこ先生の描く絵は、非常に繊細で、登場人物たちの感情の機微を丁寧に捉えています。特に、表情の変化や、ふとした仕草から伝わる心情は、言葉以上に読者の心に深く訴えかけます。
また、背景描写も美しく、何気ない日常の風景の中に、温かさや切なさといった様々な感情が溶け込んでいます。その柔らかなタッチは、物語全体の雰囲気を優しく包み込み、読者を『楽園をめざして』の世界へと引き込みます。
読者へのおすすめ
『楽園をめざして』は、心の病を抱える主人公とその家族の物語でありながら、普遍的な人間の感情、喪失と再生、そして希望を描いた作品です。
- 日々の生活に疲れを感じている方
- 大切な人を失い、悲しみを抱えている方
- 生きづらさを感じている方
- 家族や友人との絆の大切さを改めて感じたい方
…そんなあなたにこそ、この物語を読んでほしい。きっと、祥治たちの懸命な生きる姿を通して、あなた自身の心にも、温かい光が灯るはずです。
[1]ふみふみこ、『楽園をめざして』、講談社、モーニングKC